「21世紀型教育」では、不確実性の時代に対応できる人材を育成するために講義中心の受動的学習ではなく、生徒が能動的かつ積極的に学ぼうとする授業を行います。つまり、知識や技能の習得をゴールとするのではなく、「答えのない問題に取り組み、回答を導き出す」ことで、思考力、判断力、俯瞰力、表現力を育むものです。
3月のセミナーでは、21世紀型教育の第一人者である石川一郎さんに「学校経営の改革」と「教育改革の最先端」についてお話しいただきました。
なぜ、ICと大学受験なのか。「大学受験」の形は、小中高の学びに大きく影響してきます。経営者の支援をする立場で、事業をサポートすることが多いICは、人材採用や教育にたずさわる機会が多くあります。近年、学校現場がどのように変わってきているのかを知ることは、受け入れる企業側として参考になることが多くあるためです。
参加したICからは、昨今の新卒採用でみられる傾向とあわせて点と点がつながった様子でした。聴講者の質問にも丁寧に答えていただき、セミナーは和やかな雰囲気で進みました。
今回は、このセミナーのモデレーターを勤めたオプンラボ 代表/IC協会理事 の小林から講演内容についてレポートします。
一般選抜が減少、年内にかき集める「青田刈り」になっていくか
少子化が進む中で「大学全入時代」となって、入学者選抜も変化しています。かつて8~9割はペーパーテストで選考する一般選抜でしたが、今は学校推薦型選抜が30%以上、総合型選抜(旧AO入試)が10%以上になっています。
総合型選抜とは「高校までに学び、経験し、研究したものをまとめて、なぜその大学で学びたいかをアピールする」ものです。一般選抜のようなペーパーテスト一発勝負が苦手でも、学びたいことがある場合に有利で、大学に入ってからの成績も一般選抜より良くなっています。偏差値の高い人は、限られた時間で物事を処理する能力に長けています。一方、偏差値が低いからといって、正解のないものが答えられないとか、アイデアが出せないというわけではありません。ふるい落とす選抜から大学で学ぶ適性をはかる選抜に重点がおかれはじめています。
知識はもちろん必要です。ただ定期試験に出るだけの知識だけであればあまり意味がありません。例えば、日本史の授業をうけていても、大化の改新について645年、藤原鎌足と覚えるだけで、その内容や意味は覚えていない。これは「学校あるある」です。定期テストで「蘇我氏を倒して、その結果何が起きたか」を問うとデキが悪くなるから、年号や名前の丸暗記で答えられる問題になってしまいます。入試問題も含めて何を問うかが重要です。
変化する大学入試問題のねらいは何か?
学校現場ではイマジネーションはあまりよく思われません。「先生、もしそうだったらどうなるんですか?」と言うと、「余計なことを言うな」とか「君のそういう考え方はいいけれども、それは大学に入ってから調べろ」とかわされます。しかし、まだ一部ではありますが、大学入試でイマジネーションを問うような問題が出されるようになっています。
順天堂大学医学部の一般A方式小論文(2022年)は、「2億5000万年後の地球は一つの大陸になっていると予想されているが、ここではどんな世界が広がっているんだろうか?」を800字で解答させるものでした。この問題にどう答えるか。いろいろ考えられますが、それを思いつくための基本は実は知識と経験なんです。直感的に感じたことを物語にする能力が問われています。
慶應大学環境情報SFC(2022年)も、「もし、あなたが2020年4月に行くことができた場合、この機会を生かして解決したい、解決できると考える問題を答えなさい。また、その問題を解決する方法の具体的なアイデアを記述しなさい」という面白い問題を出しています。
SFCの求める人物像(アドミッションポリシー)では、「問題発見・解決型人材」を掲げています。「正解が存在しない場面が多くあり、何が問題かも定義されていない問題を自ら発見、定義し、それを解決する」ことが求められています。
基礎学力とは何か?
日本の教育における問題の一つは国語力です。論理的に物事を表現したり、文章を読み取る力が不足しています。ネットで斜め読みする場合、先入観で読み進んでいて、ちゃんと読めてない可能性が大きいですよね。
日本の場合は速く正確に解ける力が優位になっています。それも一つの能力ですが、なぜなのかを考える力が必要です。
また、私大の入試科目は受験生を集めやすい科目になりがちです。しかし、経済学部や経営学部では数学が必要になります。文科省では入試科目に数学を入れるように促しています。
「基礎学力がない」という場合、漢字が書けないとか計算ができないとかだけじゃなくて、文章をちゃんと読める力がないことが多い。バラバラな理解のままで基礎ができていない。「読み書きそろばん」は今後一層大事になっていきます。
中学・高校の授業は基本50分です。ここに、10分でよいので生徒が授業で獲得したことを使える時間入れたほうがいい。授業の一番新鮮に頭に入ってくる時間に、「大化の改新でこういう有力な人が殺されたんだけど、このことどう思う?」「何で殺されたんですか?」「その後どうだったんですか?」と問えば、子供たちの発想が広がります。ところが、生徒を静かにさせるために、授業の最初に単純なクイズとか小テストで時間を使ってしまう。
また、主体的に学ぶ「アクティブラーニング」の授業をしていると表明している学校であっても、図書室に行って「大化の改新」を調べて発表させる「調べ学習」にとどまっているパターンが多い。
知識・理解、論理的思考にクリエイティブをプラスすることが重要
中学受験に対応している首都圏模試センターが監修している「思考コード」という新しい学力の評価軸があります。縦軸(情報を読みとる力)と横軸(考える力)のマトリクスで示されます。 日本の教育ではこの横軸のA(知識・理解思考)・B(論理的思考)を重視して、正解のないものを考えさせるC(創造的思考力)を好みませんでした。一方、欧米はCの創造的思考力を非常に重視しています。
また「改訂版ブルーム・タキソノミー」の認知領域についていうと、日本は下位領域(記憶・理解・応用)を重視してきましたが、欧米は上位領域(分析・評価・創造)を重視しています。
データサイエンスが注目されていますが、データを分析するときに、やっぱり教養的なものが必要です。つまり、上(分析・評価・創造)だけでもだめだし、下(記憶・理解・応用)だけでもだめで、どっちも必要だということです。
*ブルーム・タキソノミー:教師が生徒に授業を通して教えるべき事を6つのカテゴリーとしてベンジャミン・ブルームがまとめたもの。6つのカテゴリーは、知識、理解、応用、分析、統合、創造。
【ゲストスピーカー】
石川一郎 氏
聖ドミニコ学園カリキュラムマネージャー
21世紀型教育機構理事。知窓学舎ミドルマネージャー。現在、多くの学校の教育改革に関わる。
1962年東京都出身、ニューヨークでの海外生活の後、暁星学園に小学校4年生から9年間学び、1985年早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。暁星国際学園、ロサンゼルスインターナショナルスクールなどで教鞭を執る。元かえつ有明校長。香里ヌヴェール学院学院長。
「2020年の大学入試」(講談社)「2020年からの教師問題」(ベストセラーズ)「先生、この『問題』教えられますか」(洋泉社)「学校の大問題」(SBクリエイティブ)「いま知らないと後悔する2024年の大学入試改革」(青春出版社)